2012年2月22日水曜日

60歳の死

20日(月)夕方ホテルニューオータニの大宴会場でかって日本航空の職場で同僚であった藤田東久夫(ふじたとくお)さんのお別れの会が執り行われました。会場は故人をしのぶ1000人以上もの追悼関係者でごったがえしていました。
彼は大学卒業後10年間日本航空に勤務した後、義父が経営する(株)サトー(バーコードラベルの印刷関連会社)に移り、社長、会長としてサトーを一部上場企業にまで成長させた立役者でした。
なかなかナイスガイであったとともに仕事熱心で私は彼の求めに応じていろいろなコンピューターソフトの作成をした記憶があります。転職する彼の仕事の後任として引き継ぎを受けたこともあります。
彼の人となりはhttp://www.tokuo-fujita.jp/で詳しく述べられていますが、社業を軌道に乗せた後は早稲田大学で経営学の博士号までとるほどのがんばりでしたが、5年前ちょうど博士号取得後の検診でがん(食道)が見つかり、結局60歳で亡くなったわけです。最近は心臓のほうもだいぶ弱っていたとの情報もあります。
今の時代60歳はまだまだ若いといえますが、その短い人生で人が一生かかってもやれないほどのことをやり遂げていたことは驚異的ですが、そのがんばりが結局ストレスとなったのかもしれませんね。
ストレスを貯めないようにしながら細く長く生きるか、はたまた彼のように人一倍のがんばりでやりたいことはすべて実現して太く短く生きるのか、議論がありますが、どっちにしてもこれは結局は天が定める道ですね。ご冥福をお祈りいたします。

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